書籍・雑誌・新聞記事アーカイブ
このページでは《東山の森Ark》関連の記事が掲載された新聞記事・書籍・雑誌・web記事、その他
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■文庫本/万葉集に歴史を読む、森 浩一著
■歴史続本/【記紀を読みなおす】敗者の古代史(14)有間皇子と塩屋連?魚(しおやのむらじこのしろ)/森 浩一
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和歌山県御坊市にある地方新聞「日高新報」のWebサイト
御坊で歴史シンポジウム

2012年11月13日
 市、市教育委員会等主催の「御坊歴史再発見シンポジウム 有間と宮子〜御坊・日高に眠る古代史開眼〜」は10日、市民文化会館大ホールで開かれた。600人が来場。岩内1号墳への埋葬説がある悲劇の皇子「有間皇子」、文武天皇妃・聖武天皇の生母で道成寺創建にかかわる「宮子姫」についてさまざまな角度から考察し、日高地方の古代史が秘めるロマンに思いを馳せた。コーディネーターは「その時歴史が動いた」等でおなじみの元NHKアナウンサー松平定知さんが務め、歯切れよくユーモアあふれる名司会ぶりを披露した。

 第1部は、 有間皇子の岩内埋葬説を立てた同志社大学名誉教授森浩一さんの基調講演。 森さんは体調を崩して4月から長期入院しており、 この日は退院直後。 シンポジウムに間に合わせるため帰宅もせず御坊に駆けつけたという。 病を押しての熱弁に来場者は一心に聞き入った。 講演では、 携わっていた雑誌に御坊市からの投稿があり岩内1号墳を知ったことを説明。 刀など立派な副葬品、 当時としては珍しい漆塗りの木棺から被葬者は皇族か有力者と推定、 有間皇子の父孝徳天皇に 「塩屋連 (しおやのむらじ)」 と呼ばれる重臣がいたことなど当時の状況から有間皇子説を主張した経緯を話した。 歴史における和歌山県の重要性についても話し、 「ぜひ 『紀州学』 を進めてほしい」 と締めくくった。

 シンポジウムでは、 松平さんはまず 「御坊市は長年訪れたいと思っていた」 と地名の起こりの日高別院の歴史をひもといてから、 森さん、 同志社大学教授駒木敏さん、 映画監督高山由紀子さんの3人のディスカッションを進めていった。 駒木さんは古代文学研究者として 「岩代の浜松が枝を引き結び真幸 (さき) くあらばまた帰り見む」 など有間皇子の有名な万葉歌を解説。 皇子の没後40年余りを経て、 道成寺が創建された大宝元年 (701年) に文武天皇と祖母の持統天皇が紀州に行幸した際、 皇子を悼む歌が詠まれていることを話した。 「娘道成寺 蛇炎の恋」 を監督した高山さんは、 宮子ら古代史の女性に感じる時代を超えたロマンについて語った。 森さんは、 有間皇子は無実の罪を着せられたとされるが 「実は世直しを意図して積極的にクーデターを考えていたのではないか」 との説も披露した。

 第2部では、高山さんの最終監修による映像 「道成寺 宮子姫伝承と御坊・日高」 を上映。 有間皇子も登場する歴史漫画 「天上の虹」 の作者里中満智子さんから 「有間皇子の埋葬地かもしれない場所があると聞き、 わくわくしています」 とのコメントも紹介された。


■紀州新聞
紀州新聞 2012年4月13日付 紀州新聞 2012年4月18日付
紀州新聞 2012年7月27日付
紀州新聞 2012年4月22日付

■和歌山新報 ■読売新聞
読売新聞 2012年1月18日付
和歌山新報 2012年1月19日付
読売新聞 2012年4月15日付

■産経新聞
産経新聞 2011年6月18日付

万葉集に歴史を読む/ちくま学芸文庫 
(2011年2月10日発行)

『萬葉集』を「古代学」の重要な史料として位置づけられた本書。
このなかで、森浩一氏は、有間皇子と岩内古墳(一号墳)との結びつきが、
このきっかけに繋がったと明記。
これまで半世紀近くのなかで発表された諸説(『紀州道の岩内古墳』他)等
のなかでも岩内古墳と有間皇子の関連を説いている。
そして、近著で、この結びつきを強く提起するに至ったきっかけが、当古
墳の元所有者であり、東山の森Arkを立ち上げて有間皇子墳の顕彰に取り
組んだ人(当HP代表)との出会いと意義を名を挙げて記載して下さった書。
岩内1号墳がなぜ有間皇子と着眼に至ったかが、冒頭に記されている。

■歴史続本/新人物往来社
(2012年10月24日発売・12月号)

歴史専門月刊誌に、森先生は「敗者の古代史」を一年連載。
そのなかで2012年11月10日有間皇子墳の現地、和歌山県御坊市で行
われた「御坊・日高に眠る古代史開眼」〜『有間皇子と日高』講演に併
せて、本書に有間皇子特集を掲載して下さった。
(父・孝徳と、その近臣・塩屋連?魚から御坊・日高川域への有間皇子
埋葬を説く。
そして、岩内・有間皇子墳の再着眼に至った当元古墳所有者で顕彰発起
当人の取組みについても触れて掲載して下さった最新書)